投稿者:M.MK

ラ・ロッシュ邸(ル・コルビュジェ設計)のジョワイユー・ノエル(=メリー・クリスマス)!その2

さて、雨も上がり、いくらか陽も出てきて、鳥たちがさえずる町を適当に歩くと、ありました、ラロッシュ邸であります。http://www.fondationlecorbusier.fr/corbuweb/morpheus.aspx?sysName=redirect150&sysLanguage=fr-fr&IrisObjectId=8286&sysParentId=150

なるほど、町の中でも一際異彩を放っております。

どうも入り口にはブザーがあるきりで、こちらが入り口という案内もなかった(と思う。あったかもしれない。)

これを押せば良いの?といか感じで、ボタンらしきものがある。半信半疑で押してみた。

一般的な美術館のように何かはっきりした入り口、というものもないようで、知り合いの家にはじめて来たときのような感じだ。

本当に入れるのだろうか?適当に歩いてきたので、実はラロッシュ邸は別のところにあり、これは個人所有の普通の家だったりして、と思い始め不安になってきた。

うーん、ブザーを数回押したが反応もない。

違う入り口かな。。。。と思って少し離れて様子を伺おうとすると、背中の方からドアが開く音がしも呼び止められ、入れてもらった。学生?とかなんとか聞かれたが、それだけで、いくら、とも聞かれないので、こちらの方から、いくら?と聞くと、さて?という顔をされ、これくらいで良いや、くらいな返事をされ、払ったのか、払っていないのかは忘れた。。。。

 

自由に見て良いよ、鍵を閉めるから出るときは呼んで、と言われ、ドアを開めたお兄さんはどこかの部屋に戻ってしまった。。。。帰りの際はどうやって呼べば良いのじゃ???と思ったが帰りには分かるのかもしれない・・・。きっとそういう仕組みになっているのだ。。。朝も早かったので誰もおらず、貸し切り状態。自分の家にいるようにいるような気分になる。

食卓に座ってみたり、「あの」寝椅子http://www.fondationlecorbusier.fr/corbuweb/morpheus.aspx?sysId=13&IrisObjectId=7191&sysLanguage=en-en&itemPos=11&itemSort=en-en_sort_string1%20&itemCount=20&sysParentName=&sysParentId=24

でうたた寝したり、「あの」なんともぶかぶかしたグラン・コンフォート(のオリジナルってことだよね)に寝そべったりと、のんびりした。

 

 

壁が厚いのかパリの建物の中は通り沿いの部屋の中でも驚くほど静かで、鳥の鳴き声も聞こえたりする。ベンヤミンが言っていたように、パリは自動車の時代になっても通りに面したカフェのテラス席で話しができるのは、石畳を残したからも知れない。ラロッシュ邸は静かな界隈にあるのでなおさらだった。

 

・・・それにしても誰も来ないな、建築学科の学生は無精者らしい。いやいや・・・鍵かけたって言ってたもんな・・・それは変だな、入れるはずがない・・・と思いながら気楽にごろ寝・・・さて、帰ろうと思い玄関のほうに向かったが、さっきのお兄さんがどこいるのか、やはり分からないではないか。。。。

 

「すみませーん(のフランス語版)」と言うと出てきてくれて、ちょっと待って、ちょっと待って、というので、ん? 何か悪いことでもしたか? やはり、何かあるのか!!と思って待っていると、開催期日の入ったラロッシュ邸の企画展のポスターをくれた。

 

日本だともう終わった展覧会のポスターなど渡されても「???」と思う向きもあるかもしれないが、こっちだと意外と価値が付いたりする貴重品だったりする。

そのポスターを丸め、さらにリボンを再びどこかから探してくれ、結んでくれると「ジョワイユー・ノエル!(=「メリー・クリスマス」のフランス語版)と言って手渡してくれた。

 

なるほど、クリスマスにはこういうふうに残ったポスターなどをプレゼントするのかな?と思って外に出た。帰るときは呼べ、というのはこういう意味だったのか。それにしてもこれだけのことに鍵まで閉めるかね・・・と思いながらラロッシュ邸を後にした。

 

しばらく歩くと控えめな施錠をする音がした。

予約制かなんかだったのかな?と思った。

どこもかしかも町の中はクリスマスの装いがされている。

 

そうだ!!、今日はクリスマス!!(=休館日)だったのだ。。。。。あのお兄さんは休日返上で仕事でもしていたのかな。。。クリスマスの朝をラロッシュ邸でまどろむというのも、普通はありえない貴重な体験だったわけだ()Joyeux Noël!!

 

 

 

投稿者:M.MK

ラ・ロッシュ邸(ル・コルビュジェ設計)のジョワイユー・ノエル(=メリー・クリスマス)!(その1)

慣れない場所、特に外国でうだうだと日々を過ごしていると、今日は何日かというか感覚がなくなってしまうことがあり、例えば毎週見ているテレビだとか、毎週何曜日の用事、などということから開放されるので、そうなるのだと思う。

 

そんな無重力状態になっていたある日の朝、冬のなかなか夜の明けない町の濡れた石畳を照らす街灯の明かりを眺めながら、今日の朝はル・コルビジュエが設計したラロッシュ邸に行くことに決めた。http://www.fondationlecorbusier.fr/

こういう所にも行ってないのにコルビュジェについて語るナンテェコタァ、デキマセンカラァナァ。

彼の建築には・・・好き嫌いがあるでしょうが・・・例えば彼が計画したパリ改造計画などは・・・こんなパリになっていたらぞっとする・・・というものでもありますし・・・実際に実現した都市計画であるインドのチャンディーガルなどは廃墟と化している・・・そんな巨大な計画の実現のためなら第二次世界大戦中にはヴィシー政府と関係をもったり、モスクワに自らの都市計画を売り込もうとスターリンに近付き、擦り寄ったりもしている・・・どうでも良い記憶から懐かしい思い出まで、ぬくもりの宝庫でもある住居を「住む機械」として考えるのもどういうものか・・・とも思う。

 

とはいえ『マルセイユのユニテ・ダビタシオン』(L'unité d'habitation de Marseillehttp://www.marseille-citeradieuse.org/や南フランスのカップ・マルタンの休暇小屋など限度のある中で合理的なものを作ったものはなかなかのもののように思われるし、ベリアンらと一緒に作ったLCシリーズのスツールも良いような気もする。

ちなみに女優であった彼の奥さんから頼まれて作った昼寝用ベッド(=デイ・ベッド)LC-5(http://www.fondationlecorbusier.fr/corbuweb/morpheus.aspx?sysId=13&IrisObjectId=7192&sysLanguage=en-en&itemPos=12&itemSort=en-en_sort_string1 &itemCount=20&sysParentName=&sysParentId=24)は「病院の椅子みたいだ」と言われ、気に入ってもらえず、そしてカップ・マルタンの休暇小屋もそもそもは奥様へのプレゼントだったらしいのだが、あまりの窮屈さに駄目出しを喰らい、何とも人間味もあります。さらに近所にあったアイリーン・グリーンの別荘の出来、卓越したデイ・ベッドを見て「そうか、背もたれはいらなかったんだ・・・」と嫉妬し、グリーンの別荘の壁に落書き(彼一流の壁画だが)をして、(確か)出入り禁止になっている。。。(つづく)

投稿者:tamisan

藤田嗣治、東京からヴィリエ・ル・バクルへ ある画家の冒険 Maison-Atelier Foujita à Villiers-le-Bâcle

 

パリで活躍し、乳白色の肌の裸婦像や猫を題材として多く描いた画家、藤田嗣治(1886~1968)。

 

藤田嗣治と聞くと、彼のスタイルの象徴となっている前髪を一直線にそろえたおかっぱ頭や、丸渕の眼鏡を思い浮かべる方も多いでしょう。

 IMG_105436Photo Foujita panneau.jpg

東京美術学校(現在の東京芸大)を卒業後1913年にパリへ渡り、モンパルナスへ居を構えた彼は、当時同じモンパルナス地区へ多く住んでいた芸術家達と交流。

 

エコール・ド・パリEcole de Paris、「パリ派」と呼ばれる、パリのモンパルナスやモンマルトルで自由奔放な生活をしていた画家達ーモディリアニやピカソなどーと交友を結び、独自の画法によって生み出した透き通るような独特の技法で、エコール・ド・パリの代表的画家となりました。

 

華やかな女性関係や派手な生活の裏で、一貫した風貌と絵を描き続けた努力の成果によって、藤田は「パリの日本人画家」としての名声を不動のものとし、フランス語で「フーフーFoufou(日本語ではおかしな人、社交界ではほめ言葉)」と呼ばれ、パリの寵児となったのです。

 IMG122137Maison atelier Foujita.jpg

 

その後日本に戻って太平洋戦争時に戦争画を描いたため、日本の画壇から冷遇された藤田は、日本を離れ1950年にフランスへ永住。1955年にフランス国籍を取得した後、1959年にカトリックに改宗して洗礼名、レオナール・フジタLeonard Foujitaを名のります。

 

そして1960年11月、74歳の誕生日を迎えた彼は、パリから南へ約35kmの場所にあるヴィリエ・ル・バクルという小さな村へ終の棲家とするアトリエ兼自宅を購入。

 IMG_105448Maison Fouijita panneau.jpg

1968年に亡くなるまで、最上階にあるアトリエで精力的に絵を描き続けました。

 

フジタの最期を看取った君代夫人は彼の作品を守り続け、この旧宅をメゾン・アトリエ・フジタとして開館に尽力。

 

その後エッソンヌ県評議会Le Conseil Général d'Essonneが管理するこの旧宅が、2000年に一般公開されました。

 IMG_105422Accueiln soto.jpg

 

まず中に入り、右手の建物で受付を済ませると、画家の生涯を簡単にまとめたビデオを鑑賞。

 IMG 111104Salle projection.jpg

日本語の字幕もあるので、とっても便利!

IMG 111141Appareil photos Foujita.jpg

 

そして彼が実際に撮影したカメラと写真が並べられ、隣の展示室では彼が使用していた絵の具や筆、額縁、手作りの洋服、歯ブラシなどが展示されています。

 IMG_111617Expotosion.jpg

IMG_111551Pinceaux, palette.jpg

IMG_111559Panceaux palette.jpg

自分が身に着ける洋服は、ほとんど自分で作っていたということですから、とても手先が器用だったんですね。

 IMG_111637 Vetements Foujita.jpg

IMG_111750Brosse Foujita.jpg

そして係りの人の案内で、少し離れた彼の旧宅兼アトリエへ。

 

ただ残念ながら、中は撮影禁止。

 IMG_122308Maison Atelier Foujita.jpg

3階建ての旧宅にはキッチンや台所、寝室、そしてアトリエに関しての詳しい説明を、日本語のイヤホンガイドで聞く事ができますし、イヤホンガイドには実際に彼が生前、吹き込んだ声まで録音されています。

 

また彼は、シャンパーニュ地方のランスにある礼拝堂の設計と内装を手がけて1966年に完成。その下絵もこのアトリエで制作されています。

 

1968年に亡くなってから、ほぼそのままの状態で保管されているという旧宅とアトリエ。

 

東京からフランスに渡り、パリの寵児と騒がれながらも、晩年はヴィリエ・ル・バクルという小さな村へ移り住んで、静かな環境の下で絵を描き続けた藤田嗣治の息吹が感じられる場所です。

 

 IMG_122350Maison Foujita en japonais.jpg

 

Maison Atelier Foujita メゾン・アトリエ・フジタ

住所:7-9, route de Gif 91190 Villiers-le-Bâcle

TEL:33(0)1 69 85 34 65

Mail: maison.foujita@sg91.fr

http://www.villie-villierslebacle.fr

 

見学時間

●土曜日:14:00~17:00

●日曜日:10:00~12:30、14:30~17:30

●平日:要予約

料金:無料、ガイド付き見学無料

 

 

★スタッフ・ブログ

●2013年5月7日 「シャンパーニュ地方の中心都市、ランス」

http://franceguide-blog.jp/2013/05/07

●2013年12月12日 「パリのクリスマス(3)2013&祝40周年!モンパルナス・タワー」

http://franceguide-blog.jp/2013/12/12

 

 

投稿者:tamisan

ヘルメスのリヴ・ゴーシュ店&サロン・ド・テ Le Plongeoir chez Hermès, au rive gauche

 

フランスを代表する高級ブランド、エルメスHermès。

 IMG_7503Hermes 17, rue de Sevres 6eme.JPG

ル・カレLe Carréと呼ばれる正方形の絹のスカーフやケリーバッグといった、ヘルメスを代表する商品は世界的な知名度を誇り、憧れのブランドとなっています。

 IMG_7506Hermes 17, rue de Sevres 6eme.jpg

もともとは1837年に、ティエリー・ヘルメスThierry Hermèsがパリに開いた馬具工房として創業。

その後19世紀終わり~20世紀初めにかけて、彼の孫の世代か馬具制作の技術をいかして、かばんや靴、財布などの革製品を制作。その後装飾品、装身具、香水へと分野を広げて大成功。現在に至ります。

 IMG_7507Hermes 17, rue de Sevres 6eme.jpg

そのエルメス、本店はパリ右岸の8区、コンコルド広場に程近い高級ブランドのブティックが連なるフォーブルグ・サントノレ通りrue du Faubourg St Honoréにありますが、2010年からこのフランスを代表する高級ブランドがセーヌ左岸へ進出。

 

パリの高級老舗百貨店、ボン・マルシェBon Marchéのすぐ近く、そしてホテル・ルテシアHôtel Lutétiaの隣に2号店のブティックがあるんです!

 

8区の本店と比べると、気をつけていないと通り過ぎてしまうほどであまり目立たない外観ですが、このオレンジ色は確かにエルメス!!

 IMG_7505Hermes 17, rue de Sevres 6eme.JPG

先にも紹介しましたように、もともと馬具工房から創業したブランドらしく、エルメスのロゴは四輪馬車を引く馬とその従者が、現在に至るまで描かれているんですよ。

 

さて、ヘルメスのリブ・ゴッシュ(左岸)店にはいると、まずはエルメスを代表するスカーフの数々が並びます。

 IMG_7510Interieur de la boutique.jpg

さらに進むと突如目の前に、木組みの巨大な3つの小屋が出現!

 IMG_7508Interieur de la boutique.jpg

階段下に広がる独特のエルメス・ワールド!!

 

何を隠そう、このエルメスの左岸店は、隣接するホテル・ルテシアの付属施設のプールとして利用されていたアール・デコ調の建物で、1935年完成。歴史的建造物にも指定されているのです。

 IMG_7511Interieur de la boutique.jpg

1960年にクローズして以降、あまり使用されていなかったこの場所を改装して、エルメスの2号店として2010年11月にオープン。

 IMG_7512Interieur de la boutique.jpg

歴史的建造物に指定されている、アール・デコ調の内装を保ちつつ、他にはないエルメス・ワールドを作り上げるために、世界に広がる<メゾン・エルメス>のブティックを手がけているフランス人建築家、ドゥ二・モンテルDenis MONTELのデザインは、とても印象に残るものとなっています。

 IMG_7509Interieur de la boutique.JPG

「遊牧生活」をイメージしてデザインしたというこの木組みの小屋は、高さ約9mもある巨大小屋で、「毎日100人~150人の木工職人が毎日、11ヶ月かけて組み立て」て、「ひとつの小屋には、約270のモクセイトリネコと呼ばれる高木が組み合わされている」そうですよ!

 

馬具工房の歴史を感じさせるかのように階段上、フランス式1階には馬と従者のデコレーションも!!

 IMG_7513Interieur de la boutique.JPG

そしてショッピングの合間に一息つける、サロン・ド・テももちろんありますよ。

 IMG_7514Le Perchoir chez Hermes.jpg

その名もラ・プロンジョワール・シェ・エルメスLa Plongeoir chez Hermès.

 

あえて日本語に訳すと、<エルメスの飛び込み台>とでもなりますが、この名前からも以前、この場所がホテル・ルテシアのプールだったことを思い起こさせますね。

 

簡単な軽食やお茶が楽しめ、午後のティータイムの時間帯だったこともあり友人と二人で、19.5ユーロのケーキと紅茶セットを頼んでみることに。

 IMG_7515Tarte Chocolat, aux fruits de la passion, le Pannettone, pain d'epices, Cake praline.jpg

写真は二人分ですが、

●スペキュロスのブリオッシュ

●パッション・フルーツとフランボワーズののタルト

●プラリネのケーキ、アーモンドとへーゼルナッツ入り

●ショコラ&キャラメルのタルト

●スパイスパン

をそれぞれいただき、もうお腹いっぱいに!!

 

ヘルメスの本店と左岸店、どちらがお好みですか?

 

 

 

★スタッフ・ブログ

●2012年1月24日 「ユーロ導入10周年」

 http://franceguide-blog.jp/2012/01/24/

●2012年10月2日 「創業160周年、セーヌ左岸の老舗デパート、ボン・マルシェ」

http://franceguide-blog.jp/2012/10/02/

 

 

★ヘルメスのサイト http://www.hermes.com

 

投稿者:tamisan

パリ郊外のロダン美術館 L'autre demeure de Rodin à Medon

 

フランスが誇る彫刻家、オーギュスト・ロダンAuguste RODIN(1840-1917)。

 

 IMG_9558Musee Rodin Hotel Biron.JPG

 

IMG_9559Musee Rodin Hotel Biron et Invalides.JPG

 

パリの7区、ルイ14世が負傷した廃兵を収容する場所として、またナポレオン1世が眠る墓として有名なアンヴァリッドInvalidesからすぐの場所にあるロダン美術館は有名ですね。

 

IMG_9593Le Penseur et la Tour Eiffel.JPG

 

この他にロダンはパリの南西約10km、ムードンMedonという街にも、邸宅兼アトリエを所有していました。

 IMG_6041Musee Rodin.jpg

<ブリアンの邸宅La villa des Brillants>と呼ばれるこの邸宅は、1895年にロダンが購入したもの。

 IMG_6042Musee Rodin facade.jpg

入り口の門をはいると、さっそく19世紀のロマン派作家・詩人のヴィクトル・ユゴーVictor HUGO(1802-1885)をモデルとした彫刻が登場!

 IMG_6064Victor Hugo.jpg

こじんまりとしていますが、レンガ造りの趣のあるこの邸宅には、住まいとアトリエのスペースが備えられています。

 IMG_6044La salle a manger panneau.jpg

中では、ロダンが亡くなる1917年まで過ごした当時の様子の写真が展示されています↑。

 IMG_6050Salle a manger.jpg

晩年に同居していたローズ・ビュレRose BEURETや仲間と食卓を囲む風景と、その当時の様子そのままの食卓。

 IMG_6049Atlier du temps de Rodin panneau.jpg

アトリエでの作品制作過程の様子の写真↑に、実際のアトリエ風景↓。

 IMG_6045Atelier.jpg

IMG_6048Atelier.jpg

 

そして少し高台にある邸宅兼アトリエから若干低くなっている敷地には、1907年~1910年にかけて、ロダンが1900年のパリ万博の際に提供した作品を収める場所として作らせた建物があります。

 IMG_6051Musee Rodin.jpg

この中に、「カレーのブルジョワ達Les Bourgeois de Calais」、「地獄門La porte de l'Enfer」といったロダンの傑作の石工をはじめ、数々の作品が展示されているんですよ。

 IMG_6056Musee Rodin interieur.jpg

 展示全体の様子↑。

IMG_6057La Porte de l'Enfer platre.jpg

 1900年、万博で展示された「地獄門」↑。

 

IMG_6060Les Bourgeois de Calais platre.jpg

1889年、ロダンが最初にパリのギャラリーで紹介した「カレーのブルジョワ達」↑。

 

そして実は、ロダンのお墓がここ、ムードンの邸宅兼アトリエにあり、「考える人Le Penseur」の彫刻の下で、永遠の眠りについているんです!

 IMG_6052La tombe de Rodin.jpg

IMG_6053La Tombe de Rodin.jpg

ロダンはパリにも館を持っていましたが、どんなに忙しくても、パリからムードンのアトリエ兼邸宅へ1日の終わりには戻ってきたそうです。

 

パリ郊外の静かな環境のもと、作品のインスピレーションを得ていたのかもしれませんね。

 

1972年に歴史的建築物に指定され、現在一般公開されているムードンのロダン美術館。

 IMG_6062Musee Rodin.jpg

パリのロダン美術館とあわせて是非、訪れてみてください。

 

 

★パリ郊外、ムードンのロダン美術館  

http://www.musee-rodin.fr/fr/le-musee/le-musee-rodin-meudon

19, avenue Auguste-Rodin 92190 Medon

最寄り駅:RER高速郊外鉄道・C線、 Meudon-Val-Fleury下車

オープン時間:金曜日~日曜日の13:00~18:00 

料金:5ユーロ 

 

 ★パリのロダン美術館

79, rue de Varenne 75007 Paris

最寄り駅: Varenne (地下鉄13番線)又は Invalides(地下鉄13番線・8番線)

オープン時間:10:00 17:45 (月曜日、1月1日、5月1日、12月25日を除く)

料金:9ユーロ