投稿者:Mayumidon

「ル・アーヴルの靴みがき」

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フィンランドの鬼才アキ・カウリスマキがノルマンディーの港町ル・アーヴルを舞台に映画を撮ったと聞けば、これは見に行くほかあるまい。

 

そもそもル・アーヴルはドーヴィルやオンフルールのようなシックなリゾートではない。フランス第2の港には、タンカーやコンテナ船がひっきりなしに入港し、人の行き来も多い分良い意味で雑多なところがあり、生活の匂いがそこそこする。

 

なにしろル・アーヴルは特異な都市景観を持つ。どこのフランスの町にもありそうな石畳みの道や、石造りの教会が見当たらない。変わりに目立つのは長方形のコンクリートの建物。港町なのでドッグがあるのだが、その脇には砂場に築かれたような”山”があり、気になって仕方がない。いったいあれは何なのだろう。初めてこの街を訪れる人は誰もがそう思う。じつはこれ、ブラジルの建築家オスカー・ニーマイヤーが手がけた文化施設で「ヴォルカン[火山]」の名で親しまれているという。建築マニアにとっては垂涎の的なのだ。

 

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さらに、ル・アーヴルに着いた途端、まっさきに気になるのが、代々木のドコモタワーかと見まごう近代的な塔なのだが、あれは一体? ガイドの話を聞けば、あのコンクリートの塔こそが、ル・アーヴル市民の心の拠り所となるサン・ジョゼフ教会だという。本当に教会かどうかは、実際に内部に入ってようやく解る。いつも見慣れた教会とはえらく違うが、堅固な外側とは裏腹に、内部の幻想的な光の絢には思わずため息が出る美しさだ。

 

 

そもそもル・アーヴルの都市景観は第二次世界大戦後に作られたものだ。ドイツ軍の爆撃により焦土と化した都市の復興のため、オーギュスト・ペレが鉄筋コンクリートの教会を築き、市民のための共同住宅を作ったのだった。

 

今やレトロモダンという言葉が似合うこの町は既に「世界遺産登録都市」という名誉を得ているものの、今後はさらに「あのカウリスマキの映画の舞台」と呼ばれることになるだろう。なにせこの映画のタイトルこそ「Le Havre」なのだから(邦題は「ル・アーヴルの靴みがき」)。

 

じつは映画の中では期待したほど、ル・アーヴルを象徴する建物、つまりヴォルカンやサン・ジョゼフ教会の姿は出てこない。それでも町の雰囲気は、主人公の靴磨きの目線で、なんとなく感じることができる。

 

彼が日銭を稼ぐ場所は、白いコンクリートの近代的な建物の入口。辻を曲がる人の「くいっ」として足並みで、角のあるビルだということがわかる。日当たりもそこそこによい。海からの光がよく入るっまっすぐで広い道。だが道行く人たちの足元は、靴みがき屋のお世話になりそうな立派な革靴はまばらなのだった。

 

映画の登場人物は、どれも吹けば飛ぶようなちっぽけな存在ばかり。だが彼らのたくましさや、愛嬌のある仕草には、始終「くすり」と笑わせられる。

 

例えば、おしゃべり好きで郷土愛に溢れ、地元の連帯がなにより大事だと感じる彼らが、カフェで熱く議論するのは、聖地モン・サン・ミッシェルがノルマンディー側か、ブルターニュ側のどちらに所属するのかという問題。クエノン河の気まぐれを大いに嘆き、口角に泡を飛ばす。彼らの郷土料理自慢も抜かりない。「こんなフランス人、いるいる」と思わず膝を叩きたくなるシーンばかりだ。多少彼らがステレオタイプ化されているのは、フィンランドの監督だからか。 

 

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そして、市井の民の穏やかな暮らしを脅かす警視モネ。彼がバーに来て苦み走った表情で注文するのは決まって「カルヴァ」だ。リンゴのブランデー、カルヴァドスはもちろんノルマンディーの名産。憎まれ役の彼だが、彼にも郷土愛はある。この注文からなんとなくもしや彼は市井の民の味方なのではと一瞬思わせるのだった。

 

 カルヴァドス、この映画がきかっけとなって日本で流行ったりしないだろうか。カウンターで駆けつけ一杯「カルヴァ」。モネ警視のように余裕たっぷりでこんな注文ができたら格好いいではないか。 

 

 さて、映画「ル・アーヴルの靴みがき」を気に入ったなら、実際の港町を訪れてみるのがいいだろう。もちろん監督が作り上げたファンタジーの世界がそっくりそこにある訳ではないが、彼にインスピレーションを与えた街の雰囲気に触れることはできる。オーギュスト・ペレが設計した1950年代のアパート内部が見学できるし(ダストシュートがある!)、ちょっと歩いてみれば小さな商店主のいる路地に行き当たったりもする。さらに今は港湾施設を見せてくれるツアーなんていうのもあるのだから、積まれたコンテナなぞ見ながら映画のシーンを回想したりすることもできる。

 

ノルマンディーは印象派だけじゃない。なんとも奥が深いのだ。  

 

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◆ル・アーヴルの靴みがき  www.lehavre-film.com
◆2012年4月28日より渋谷ユーロスペース他で順次公開
◆ル・アーヴルについては
こちら
◆ル・アーヴル観光局(日本語) www.jp.lehavretourisme.com

 

投稿者:tamisan

ドアノーとレ・アール DOISNEAU Paris Les Halles

 

19世紀半ばから100年近くにわたって「パリ中央卸売り市場」の機能を果たし、

”パリ市民の台所”また”パリの胃袋”として発展したレ・アール(Les Halles)。

 

そのレ・アールに魅せられたフランスの写真家、ロベール・ドアノー(Robert DOISNEAUー

1912-1994)は1933年からレ・アールの中央市場へ通い始め、1930年~1970年代

にかけてレ・アールとその界隈の喧騒、そして日夜5,000人以上が働いていたレ・アールで

繰り広げられる人間模様を撮影し続けました。

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その150点にのぼるドアノー撮影によるレ・アールの写真が、

4月28日(土)までパリ市庁舎で展示されています。

 

ドアノーは1912年生まれなので、今年2012年は彼の生誕100周年!

 

ドアノーの作品では、パリの恋人たちのキスシーンをパリ市庁舎前で撮影した

「パリ市庁舎前のキスーKiss by the Hôtel de Ville」が特に有名ですよね。

 

日本でも東京と京都で数年前に写真展が開催され、足を運ばれた方も多いのでは?

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このレ・アールですが、その歴史は1135年にさかのぼり、ノートルダム寺院の竣工

(1163年)よりも古くからこの界隈に市が立ち始めました。

 

1183年にフィリップ・オーギュスト(Philippe AUGUSTE)王により常設市場が建設され、

その後も市場としての機能を変えることなく18世紀には小麦市場、1789年のフランス革命

後から19世紀初めにかけて花・果物・野菜市場とレ・アールは拡大・発展していきます。

 

1870年に建築家、ヴィクトール・バルタール(Victor BALTARD)の設計で建てられた

10の鉄筋造りの棟・”パヴィヨン・バルタール”では、棟ごとに魚介類、生肉類、家禽類、

乳製品などが取り扱われていたそうです。

 

1969年、この中央市場はパリの南約10kmのところにあるランジス(Rungis)へ

移転された後に再開発され、1979年に地下3階建てのショッピング・センター

「フォーラム・デ・アールForum des Halles」がオープン。

特に若者でにぎわうスポットとなりました。

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こちらが現在のレ・アール。

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巨大な工事現場となっています。

 

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「レ・アール大整備計画」により2011年から工事開始。

整備は以下、3つの場所を中心に行われています。

 

1)フォーラム・レ・アールの一部に以前、図書館や音楽学校の入っていた建物を解体し、

  新たに「カノペ Canopée」と呼ばれる文化・商業施設を建設。

2)公園全体のリニューアル。特に2歳~12歳の子供用の児童公園を充実。

3)地下鉄5路線、高速郊外鉄道3路線が交差する地下のレ・アール駅を整備。

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段階的な改修・整備を経て、全ての工事が終わるのが2016年!

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インフォーメーション・センターも設置されています。

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工事中も、地下のショッピング・センターは通常通りの営業。

もちろんレ・アール駅も今までどおり使用可能。

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約900年にも及ぶ長い歴史を持つレ・アール。

 

新しく生まれ変わる「レ・アール」にも注目です!!

 

★DOISNEAU PARIS LES HALLES ドアノーとパリ・レ・アール

HOTEL DE VILLE   29, rue de Rivoli 75004 Paris

10:00~19:00(日曜と祝日を除く) 入場無料(4/28まで)

 

★パリ市庁舎、レ・アールなどについてはこちら (日本語)

★レ・アールの整備についてはこちら (仏語)

 

 

投稿者:さくらんぼの季節

ゆめ

3月21日、フランス観光開発機構のキャンペーン「感動大国、フランス」の発表を行った。詳しくはこちらへwww.francekando.com

同じく21日から3日間にわたって、シャネル主催のイベント「CHANEL and JAPAN」が東京で開催された。そのイベントでは、 「The Little Black Jacket:CHANEL’s classic revisited by Karl Lagerfeld and Carine Roitfeld」写真展のオープニングセレモニーや、2012年春夏オートクチュールのファッションショー、期間限定の東京ポップアップストアーのオープニングレセプション、記念パーティーなどが行われた。

 

シャネル、ブラック

 

青山のギャラリーで開催中の「The Little Black Jacket 」写真展では、100点以上のモノクロ写真が2フロアーを使って、展示されている。 日本でもよく知られている俳優、歌手、モデル、デザイナーなどが、全員、シャネルを象徴するブラックジャケットを様々な衣装の上に着るという大胆な企画展だ。

 

衣装のコーディネートは、もちろんシャネルの専属デザイナー、カール・ラガーフェルドと、10年にわたりファッション雑誌仏版『VOGUE』の編集長をしていたカリーヌ・ロワトフェルド。もともと女性向けだったこのジャケットを、時代や文化、年令、男女に関係なく、自由にコーディネートし、ジャケットの魅力を最大限に表現した。

 

しかし、だまされてはいけない。展覧会のスターはジャケットを着ている著名人ではなく、あくまでも、その「ブラックジャケット」なのだ。

ジャケットの下はワンピース、スカート、民族衣装、ジーンズなど様々で、その衣装に合わせて、ブラックジャケットがカッティングされていたり、袖の長さを変えていたり、縁飾りなどが施されていたりする。このジャケットがワードローブに欠かせない重要なアイテムの一つであることを気付かされた。 シャネルのリトルブラックジャケットというとフォーマルなイメージと思いがちだが、この写真展を見て、無数の着方があることが分かった。ぜひこの機会に、会場であなた自身の着方を発見してみて!

 

リトル ブラック ジャケット写真展

期間/2012年3月24日(土)~4月15日(日)

時間/11:00~19:00(土日~20:00)
場所/東京都港区南青山5-4-48 Gビル南青山

 

シャネル、ブルー

 

カール・ラガーフェルドは「The Little Black Jacket 」写真展のオープニングレセプションで素敵な「スター」を見せてくれた次の日に、美しい「スカイ(空)」も見せてくれた。2012年春夏オートクチュールコレクションの基調は「ブルー」で、空がテーマだったからだ。広大な新宿御苑内に、今回のファッションショーのためだけに飛行機の機内をイメージした特設会場が建設され、2012年春夏オートクチュールコレクションのショーが開催された。オープニングから、驚きの連続だった。なんと、最初の作品は、キャビンアテンダントのユニフォーム風のブルーの洋服で、モデル達がカーペット上に現れてきた。しかも、そのカーペットはシャネルのモノグラムがプリントされた美しいダークブルーだった。

 

洋服の「ブルー」も、ネイビーブルー、ベビーブルー、ダークブルー、ライトブルーといろいろで、モデル達は、まるで本物のキャビンアテンダントのようだ。洋服が体にフィットしていて、少しレトロな雰囲気があるキャビンアテンダント。太ももあたりにある大きなポケットに両手を突っ込み、クールに歩き、モダンでエレガントなキャビンアテンダント。

 

しかし、よく見ると、キャビンアテンダントというより、「人魚」を想像した。

例えば、ビーズが刺繍されてキラキラ光っているストッキングは、人魚姫が人間に変身した時に残ったうろこを連想させる。また、ワンピースの中にはブルーの色調のバスバブルのような小さなボールが無数に施されていて、海の中の泡みたいに見える。「空」というより、「海」がテーマのファッションショーではなかったかと私は思った。

カール·ラガーフェルドは新しいコレクションに、シャネル的なツイードを用いるとともに、ちりめんとチュールの上にキラキラ輝くレースやラメ、スパンコール等も用い、改めて、彼は素材を楽しんでいるという気がした。

 

ショーが終わったとたん、創造性と美しさに心打たれ、しばらくの間、夢と現実の間をさまよっている感じがした。

デザイナーのカール・ラガーフェルドは「東日本大震災という大変な出来事があったから、日本に少しでも夢のある雰囲気を持ってきたかった。」と言った。

このショーの開催で、まさに華やかで素晴らしい夢が届いた!Merci !

 

 

追伸:東日本大震災追悼行事の一環として新宿御苑でオートクチュールのファッションショーの他、ヴェルサイユ宮殿と新宿御苑が相互協力するという合意書の調印式も

行われた。http://www.ambafrance-jp.org/spip.php?article5397

ヴェルサイユ宮殿について詳しくはhttp://jp.chateauversailles.fr/homepage

シャネルも利用しているオートクチュール刺繍を施すアトリエ、 メゾンルサージュでの刺繍研修について、詳しくはhttp://www.lesage-paris.com/

パリで楽しめるアクティヴィティーについて、詳しくはhttp://jp.meetingthefrench.com/

 

 

投稿者:tamisan

セザンヌの足跡を訪ねて(1) Les paysages de Cézanne

 

3月は比較的暖かい日が多かったパリですが、4月に入り平年並みの気温に。

 

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4月8日(日)は、「イースター(復活祭)」(フランス語ではPAQUES”パック”と呼びます)で、

キリスト教の教えではイエス・キリストの復活を祝うもの。

 

こちらヨーロッパでは、復活祭は”春の訪れを告げる”大事なイベントで、

「生命の復活を祝う」という意味を持つことから、”卵”や多産とされる”ウサギ”、

また”魚”がシンボルとなっています。

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ショーウインドーに飾られたウサギや卵のデコレーション。

 

「復活祭」は移動祝祭日となり、今年は4月8日(日)と翌日月曜日が祝日になるため、

今週末は3連休となる人が多く、この週末を利用して出かけるフランス人も多いことでしょう。

 

 

さて、先月3月28日から東京の国立新美術館(The National Art Center, Tokyo)で

「セザンヌーパリとプロヴァンス Cézanne, Paris-Provence)が始まったそうですね。

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「近代絵画の父」と称されるポール・セザンヌ(Paul Cézanne 1839-1906)は南仏、

エクス・アン・プロヴァンス(以下エクス)生まれ。

 

そのセザンヌの作品が、オルセー美術館やパリ市プティ・パレ美術館など

世界8カ国、40館から100点近く一堂に集まるまたとない機会だそうで、

Mayumidonさんが先日のブログで紹介していました。

 

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こちらはエクスにあるセザンヌのアトリエ。

(通常は写真を撮ることはできませんが、特別の許可を得て撮影しています)

 

今回の特別展で最大の見どころは、このアトリエを展覧会場で再現していることだそう。

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セザンヌが実際に着用していた帽子と洋服。

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セザンヌが実際に描いたオブジェの数々。

 

セザンヌが今にも出てきて迎えてくれそうな、そんな感覚に陥ります。

 

 

以前、このブログで「エクス・アン・プロヴァンス セザンヌの足跡を訪ねて」というタイトルで

市内とセザンヌのアトリエ(Atelier Cézanne)をご紹介しましたので、こちらをご覧いただく

ことにして、それ以外でまだあまり知られていない、でもセザンヌの絵画を理解する上で大変

重要な意味を持つ場所を、2回にわたってご紹介します。

 

 

エクス市内から西へ約1km。

 

現在では、周囲は新興住宅地となったエクスの郊外ですが、その中に

ひっそりとたたずむ邸宅があります。

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その名は「ジャ・ド・ブッファン Le Jas de Bouffan」。

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ここはセザンヌの父、ルイ=オーギュスト セザンヌ(Louis=Auguste Cézanne)

が1859年に購入した広大な土地と屋敷。ルイ=オーギュストはフェルト帽の製造販売で

財を成し、その後エクスで銀行を設立しました。

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ちょうどその前の年に、セザンヌは父の勧めでエクス大学の法学部に入学したものの、

絵画への情熱を捨てきれずに1860年に大学を中退。

 

エクスの中学校で幼なじみだった、後に小説家となるエミール・ゾラ(Émile Zola)の後

を追う形で、画家になることを夢見て1861年に初めてパリの地を踏み、その後20回以上

にわたって、プロヴァンスとパリを行き来することになるのです。

 

ちょうど父が邸宅を購入し、セザンヌがパリへ初めて赴く直前の1860-1861年頃、

この「ジャ・ド・ブッファン」地上階・居間の壁に直接、セザンヌは12の壁画を描きました。

 

そう、ここはまさにセザンヌが”画家”としての第一歩を踏み出した場所なのです。

 

今回のセザンヌ特別展では、この館で描かれたセザンヌ初期の作品、「四季:春・夏・秋・冬-

Les Quatre Saisons: Le Printemps, L'Été, L'Automne, L'Hiver」が公開されるとのこと。

 

この作品は現在、パリ市プティ・パレ美術館(Petit Palais)が所有しています。

 

残念ながら父の死から13年、母の死から2年経った1899年に、この邸宅は家族によって売却。

セザンヌが1906年に亡くなった後、1912年以降に壁画の絵はパーツごとに切り離されたため、

現在では邸宅の壁画は残っていません。でも、セザンヌがこの館で過ごした過去がクラシック音楽

のBGMとともに映し出される約15分間のフィルムを通して、当時のセザンヌの壁画とあわせて

再現されます。

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サロンの壁に映し出された セザンヌの絵画。

左から「春」、「夏」、「”レヴェヌマン”紙を読むルイ=オーギュスト・セザンヌ(画家の父)」、「冬」、「秋」。

 

 

画家を志して1861年にパリへ出たセザンヌですが、サロンに挑戦し続けるも落選続き。 

 

挫折や失望をあじわう度にパリからプロヴァンスへ戻り、プロヴァンスの太陽や庭に植えられた

生命力あふれる木々といった自然を描くことで、徐々に作品が認められないことへの苦悩から

解き放たれたセザンヌは、1899年にこの邸宅が売却されるまで、「ジャ・ド・ブッファン」の庭に

イーゼルをたて、邸宅や農場、木立、マロニエの並木、池などの油絵36枚と水彩画17枚を

描いたのです。

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裏から見た邸宅。

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庭の池のそばで遊ぶアヒル。

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池もセザンヌが描いた作品のモチーフに。

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館の裏に広がる広大な庭。

 

これから新緑に季節になると、青々と茂ったマロニエの葉っぱが庭を一面に覆うのでしょう。

 

 

ゼザンヌが20歳から60歳まで、40年にもわたって描き続けたジャ・ド・ブッファン。

 

セザンヌが亡くなって100年にあたる2006年に一般公開が始まったこの館は、

ガイド付き見学で入ることができます。

 

予約、お問い合わせはエクス・アン・プロヴァンス観光局、こちらからどうぞ。

 

プロヴァンスに春の訪れを告げるミモザを、エクス市内で発見!

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次回は「ビベミュスの石切り場 Les Carrières de Bibémus」とレスタック(L'Estaque)をご紹介します。

 

★ジャ・ド・ブッファン(Le Jas de Bouffan)についてはこちら (日本語)

★プロヴァンスのセザンヌ(Cézanne en Provence)についてはこちら (英語)

★エクス・アン・プロヴァンスについてはこちら (日本語)

★ 「セザンヌ、パリとプロヴァンス展(Cézanne Paris-Provence)」についてはこちら (日本語)

 

 

投稿者:Mayumidon

セザンヌ展、とうとう開幕

さて、今日は待ちに待った「セザンヌ―パリとプロヴァンス」展の開幕日。


若き日の苦悩が見え隠れする初期の作品から、セザンヌが最後の時を迎えるまで絵筆を重ねた作品まで、展示路はセザンヌの生涯を濃密になぞっていきます。

夢中で歩みを進めると、意外と早く最後の展示に辿りついてしまいました。最後の部屋は本展の見せ場のひとつ、セザンヌのアトリエを再現したコーナーです。

ここに飾られた22点のオブジェはエクス=アン=プロヴァンスに現存する画家のアトリエから丁寧に運ばれたもの。
アトリエ内のものが外へ運ばれるのは、1936年のロンドン展以来、なんと76年ぶりとのこと。ここまでの展示を可能にした本展主催者の情熱をひしひしと感じます。

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アトリエ横には画家にとって永遠のテーマだったサント・ヴィクトワールの一枚が。実際のアトリエの位置と山が見える方角と同じような配置で展示されています。透明感に溢れたその一枚は、もはや南フランスの空気となって、セザンヌの魂がそこに漂っているような印象を受けました。

(写真は「セザンヌのアトリエ」館長ミッシェル・フレセ氏による解説の様子)

 

さて、開幕直後は、本展の監修者ドニ・クターニュ氏や、「四季」を所蔵するパリのプチ・パレ美術館の学芸員マリアン・アサント・ディ・パンツィッロ氏らによる記念講演会が相次ぎます。セザンヌ研究第一人者の解説が直に聞けるまたとない機会でしょう。

おススメどころは多々あれど、音声ガイドのセザンヌ役の声がこれまた素晴らしいのでひとこと。
渋みのある声の中に、頑固一徹と言われた
セザンヌの性格がにじみ出ています。俳優が出演する音声ガイドは、やはり普通のナレーションに比べて、格段に引き込まれます。


cezanne_logo「セザンヌ~パリとプロヴァンス」  
 
◆ 国立新美術館 (東京・六本木)
◆ 2012年3/28(水)~6/11(月)
◆ 
http://cezanne.exhn.jp/

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