投稿者:M.MK

夢か現か・・・假屋崎邸か!!──假屋崎邸観光記

 

係者の皆様をお招きしての弊機構新年会(みなさま、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました。)の帰りに、驚くべきことが!!

 

新年会にご出席して頂いた、「あの」假屋崎さんが、「あの」自宅にご招待してくれるという・・・!!

 

ご自宅って、「あの」テレビでも放映されていたこのある・・・、「あの」家???

そんなことは・・・と、思っていると、なんと本当だった・・・。

 

玄関を入ると、「あの」大広間。吹き抜けに、ドでかいシャンデリア。ヨーロッパから送られてきたパーツを業者の人が、数日かけて組み立てたという。そんなシャンデリアがここかしこに下げられている。

階段の手すりも美しい。職人がすべて手作りしたという。手すりだけで○千万円くらいしたそうです、とマネージャの方。・・・ということは、階段の手すりだけで、ちょっとしたマンションなども買えそうな額???と、驚愕。

サイドテーブルの上にも装飾品が丁寧に並べられ、その中央の一際きれいな額には美輪さんの写真。

壁紙や家具、床に至る、何から何まで假屋崎さんの美意識が行き届いている。

 

假屋崎先生の寛大さにすっかり甘え、(すでにお茶とお菓子もいただいてしまった。。。)一階だけではなく、二階の部屋もご案内頂き、感心しきりのうちに假屋崎邸ツアー終了と思ったが、さらに地下室もあるという。階段を下りると・・・

 

・・・もうぐうの音もでない。バスケット・ボールくらいはできそうな広さの広間が・・・。キューブリック監督の『アイズ・ワイズ・シャット』の秘密のパーティーが開かれる屋敷の部屋のようだ。。。建物がひしめく都会の真ん中のご「自宅」に、これだけの夢の空間というのは、ちょっと考えられない。広いとか、狭いとか、間取りが・・・という世間一般の世界は完全に超越している。。。・・・というより何かと比較する、という気が次第に失せ、ここは絶対的な夢の空間なのだ、という念に襲われてくる。

 

そんなわけで、翌朝、目が覚めた時、一体どこまでが現実で、どこからが夢なのか、どうも区別が曖昧だった。たぶん、この感覚こそが、多くの人の心を魅了する「假屋崎ワールド」なのだと、その神髄に触れた思いがしている今日この頃なのでした。

(假屋崎先生、お忙しい中、本当にどうもありがとうございました。)

★写真はラ・長女さんのプログ記事をご参照ください。

投稿者:ラ・長女

假屋崎省吾さん宅に招かれました!

IMG_1214.JPG先日表参道のレストラン「ブノワ」でフランス観光開発機構の新年会を開催しました。一昨年フランス広報大使にご就任いただいた假屋崎省吾さんも大変お忙しい中かけつけてくださって嬉しいハプニング、テレビでは何度も紹介され拝見していた假屋崎邸はブノワのすぐそば、ということでなんとパーティー終了後、私たち一同をご自宅に招いてくださったのです!

 

表参道の大通りから内側に入った閑静な住宅街にたたずむお宅に到着。お玄関から一歩足を踏み入れると、そこは広いサロンと2階に通じる大きな階段、そしてインテリアの一部のごとく假屋崎さんの大好きなシャンソンが鳴り響いています。

先月着任した新在日代表のフレデリック・メイエールはじめスタッフ一同大興奮の假屋崎邸訪問は「鏡の間」(勝手に名付けました!)に荷物をおき、吹き抜けのサロンでお茶とおまんじゅう(おいしかった!)をいただいてからスタート。

 

假屋崎さんのフランス好きはつとに有名ですが、ご自宅に伺ってそれを実感。

そこここに置かれたアンティークや小物はフランスで買っていらしたもの、書斎の本棚にはフランスの写真集、フランス大特集を組んだ雑誌にガイドブック・・

また猫好きの假屋崎さんが世界中を旅して買い集められた猫グッズが棚にもソファにも階段にも床にも所せましと並びます。一昨年冬にごいっしょしたアルザスのクリスマス市でも猫グッズを目ざとく見つけていらしたことを思い出し、あ~あの子たちもこのコレクションに加わったのねと納得。

 

また圧巻は地下の音楽室。吹き抜けの広い空間は赤を基調としたインテリアで假屋崎さんデザインの絨毯がしきつめられ、愛用のグランドピアノも鎮座しています。ショパンなども弾きこなす腕前の假屋崎さんですが、超多忙なスケジュールをぬって個人レッスンも受けることにされたとのこと、ピアノのうえにはブラームスやシューベルトの楽譜ものっていました。今度ぜひ聞かせていただきたいものです!

 

シャトーホテルのように立派なお宅でしたが「普通の、個人の家ですから」とおっしゃる假屋崎さん。フランスでは自宅に招くのはどんな高級レストランに招くにも勝るおもてなしとしていちばん喜ばれます。ありがとうございました~~!!

 

 

投稿者:さくらんぼの季節

Voulez-vous rêver avec moi ce soir? 「今夜一緒に夢を見ませんか」

Il était une fois...

 

毎日様々なメールマガジンが届きます。その中には、最新流行のデザインとインテリアを施したホテルや美術館、私邸、装飾品などを紹介した記事があります。写真を見ながら記事を読み、いつか住みたい自分の理想的なイエを想像しています。最近その想像を掻き立てられるのはマルセイユの街です。マルセイユはフランスの国家ラ・マルセイエーズでよくご存知だと思います。

 

21世紀になってからマルセイユはモダンな街へと変わりつつあります。新奇を追うお店やアーティスト、レストランや民宿などが多くなり、コンテンポラリーで流行のデザインがいっぱいです。マルセイユはだんだんデザインの街へと変身しているのです。

 

建築家ル・コルビュジエによって設計され、造られた建物に住みたいと夢見たことはありませんか?
マルセイユのホテル・ル・コルビュジエでは65ユーロでその夢が実現できます!

 

ロン・ポワン・デュ・プラド駅の近くのミシュレ通りに位置しているこのホテルはピロティ式の横幅が広いビルで、窓枠がカラフルな色で飾られています。ここはもともと一般住宅として建てられた「ラ・シテ・ラディユーズ」(輝く都市)というユニテ・ダビタシオン(-連の集合住宅)で、住宅として使われていましたが、1993年に歴史的建造物として保護されることになりました。建物自体が一つの街のように計画され、建物内には事務所や店舗、郵便局など、供用施設が設けられています。

 

今、建物の一部はホテルとして使われています。西に面している部屋からは美しい海の風景が楽しめ、東に面している部屋からは素晴らしい公園の風景が楽しめます。部屋は修道院の個室をイメージしたシングルルーム「シャンブル・カビン」、洗練されたデザインながらも華美になり過ぎずゆったりと落ち着けるダブルルーム、ツインルーム「海に向いたグランド・チャンブル」など4つのタイプがあります。

 

私は8階にあるミニスイートをお勧めします。1928年、フランスの建築家「ル・コルビュジエ[Le Corbusier]」、フランスの家具デザイナー「シャルロット・ペリアン[Charlotte Perrian]」、「ピエール・ジャンヌレ」によってデザインされたスリングチェアにゆったりとすわって、素晴らしいマルセイユ湾の眺めをテラスからエンジョイできるんですよ。もし、ホテルに滞在できたら、屋上にあるフィットネスセンター、サウナ、ジョギング用トラック、サンルーム、ワインバーとフォアグラバーを提供しているレストランを必ず体験してください!

 

そして、チェックアウトの前に「ル・モデュロル」のキーホルダーやオリジナルブランド「ル・コルジュジエ」のワインをお土産に買うのを忘れてくださいね! massilia2.jpg

 Massilia, 古代の名マッサリア

 

投稿者:矢田部まり

戦後フランス映画ポスターの世界

本サイトの「日本で楽しむフランス」コーナーでもご紹介しましたが、フィルムセンターで「戦後フランス映画ポスターの世界」という展覧会を開催しており、さっそく行ってきました。affiche_films_france.jpg
京橋にあるフィルムセンターはずいぶんお世話になりましたが、映画上映ホールではなく展示室に入るのは実はこれが初めて・・・。ふむふむ、特別展は常設展を通り抜けた先にあるんですね。戦前の日本映画などの断片を上映しているので、それにいちいちつかまってしまってなかなか先にすすみません。

ようやく辿り着いた特別展。フランス映画のポスターが次々に現れますが、あー、見たことある映画がほとんどないーー。めげずにポスターを見よう。どれも迫力あるし、ポスターなだけあって、解説と合わせて見ていると、映画が見たくなってしまう。この特別展のあとに階下に降りると上映していればいいのに・・・。

2月中旬で展示ポスターが入れ替わり、もう少し新しい時代のポスターが展示されるよう。見たことある映画のポスターも今度こそあるかもしれないからもう一度行ってみようかな。

それにしてもポスターが大きいです。フランスの映画ポスターって大きいですね。地下鉄構内のポスターも「見てくれ~~」という迫力でせまってきます。こんな感じ↓

metro.jpg
で、次から次と見たくなる。地下鉄でもバス停でも町中でも、映画のポスターが身近にあります。フランスは昔からこのようなダイナミックなポスターを作り続けてきたんですねー。

 

 

投稿者:さくらんぼの季節

追悼。。。ソロ。

Il était une fois...

 
アルバム「La Marmaille Nue」(無邪気な騒がしいガキども)で世間に知られるようになったフランスの歌手マノ・ソロはパリについてこう表現しました。「Putain que c’est beau la vie quand on r’monte sur Paris」(くそったれ、パリに戻ると人生はなんて楽しいんだ!) 

 

今回のテーマは時節柄、ガレット・デ・ロワにしようと思っていたんですが、書き始めたところに、突然友達からメールが来てテーマを変更しました。その件名は「悲しいお知らせ - みんな彼が好きだったんじゃないかな。。。」それは歌手マノ・ソロが1月10日に逝去したという知らせでした。私も彼が好きでした。彼が亡くなったことを知った瞬間、悲しくて目に涙が浮かんできました。

 

1993年歌手デビューした時、マノ・ソロは30歳でした。それから15年の歳月がすぎて、2009年、10番目のアルバム「Rentrer au port」(帰港)を発表。そして、1995年10月、マノ・ソロはコンサートで二つの重大ニュースを発表しました。ひとつめはいいニュースで「もうエイズウイルスキャリアではない」ということ。ふたつめは悪いニュースで「HIV感染者になってしまった」ということでした。実は、彼は15歳からドラッグを始め、注射器の回し打ちでHIVに感染していたのです。

 

そのせいで、メディアでは死と麻薬を歌う「エイズ歌手」のイメージが広まっていました。しかし、フランスの地方に住んでいて、まだパリに住んだことなかった私にとって、マノ・ソロはおしゃれなパリではなくて、庶民的なパリを歌う歌手でした。彼の歌詞を聴きながらパリの街角の雰囲気を思い浮かべでいました。どのアルバムの歌詞にもパリという街への愛情があふれています。サン・マルタン運河からバルベスとサクレクール大聖堂まで、パリの広場や名所などを心から賛美しています。彼の音楽はアコーディオンやギターやピアノを使い、ロックとギャンゲットをミックスしたような響きで、悲しさや希望を表しているのです。

 

HIVに感染者でありながら、常に前向きで、ある意味、生き急いでいたようなマノ・ソロ、p'tit bout d'éternité(永遠の魂)に心からありがとう!

Botzaris2.jpg

Botzaris, "Tant qu'il y aura des bancs, on reste un pays de sentiments"

 

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